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東京高等裁判所 平成7年(ネ)4642号 判決 1996年11月21日

主文

一1  本件控訴に基づき、原判決(更正決定後の原判決である。以下同じ)主文第一ないし第四項中、控訴人大橋貨物運送有限会社、同日動火災海上保険株式会社の各敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人らの控訴人大橋貨物運送有限会社、同日動火災海上保険株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

二1  本件控訴に基づき、原判決主文第一項中、被控訴人池上トメの控訴人新宅明に対する請求のうち、金七二〇万円を超え金七八九万二二四九円に至るまでの金員及びこれに対する平成六年一月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を命じた部分を取り消す。

2  右取消しに係る被控訴人池上トメの控訴人新宅明に対する請求を棄却する。

三1  本件控訴に基づき、原判決主文第二項中、被控訴人池上美智子の控訴人新宅明に対する請求のうち、金一三九四万二三六五円を超え金一四二四万二三六五円に至るまでの金員及びこれに対する平成六年一月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を命じた部分を取り消す。

2  右取消しに係る被控訴人池上美智子の控訴人新宅明に対する請求を棄却する。

四  控訴人新宅明のその余の控訴及び被控訴人らの本件附帯控訴を棄却する。

五  訴訟費用は、控訴人大橋貨物運送有限会社、同日動火災海上保険株式会社と被控訴人らとの間においては、第一、二審とも、被控訴人らの負担とし、控訴人新宅明と被控訴人らとの間においては、訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを一〇分し、その七を同控訴人の、その余を被控訴人らの各負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  当事者の求めた裁判

控訴人らは、「原判決を取り消す。被控訴人らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との裁判を求め、被控訴人らの附帯控訴に対しては、附帯控訴棄却の裁判を求めた。

被控訴人らは、控訴人らの控訴に対して、控訴棄却の裁判を求め、附帯控訴として、「原判決中、被控訴人池上トメの控訴人新宅明及び同大橋貨物運送有限会社に対する請求のうち、金七八九万二二四九円を超え金二五八〇万九八八四円に至るまでの金員及びこれに対する平成六年一月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払請求を棄却した部分、被控訴人池上美智子の控訴人新宅明及び同大橋貨物運送有限会社に対する請求のうち、金一四二四万二三六五円を超え金二五八〇万九八八四円に至るまでの金員及びこれに対する平成六年一月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払請求を棄却した部分を取り消す。控訴人新宅明、同大橋貨物運送有限会社は、連帯して、被控訴人池上トメに対し、金一七九一万七六三五円及びこれに対する平成六年一月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。控訴人新宅明、同大橋貨物運送有限会社は、連帯して、被控訴人池上美智子に対し、金一一五六万七五一九円及びこれに対する平成六年一月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。原判決中、被控訴人池上トメの控訴人日動火災海上保険株式会社に対する請求のうち、金七八九万二二四九円を超え金一五〇〇万円に至るまでの金員の支払請求を棄却した部分、被控訴人池上美智子の控訴人日動火災海上株式会社に対する請求のうち、金一四二四万二三六五円を超え金一五〇〇万円に至るまでの金員の支払請求を棄却した部分を取り消す。控訴人日動火災海上保険株式会社は、同新宅明、同大橋貨物運送有限会社と連帯して、被控訴人池上トメに対し、金七一〇万七七五一円を、被控訴人池上美智子に対し、金七五万七六三五円を、各支払え。訴訟費用は、第一、二審とも控訴人らの負担とする。」との裁判を求めた。

第二  当事者双方の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加するほか、原判決「事実及び理由」第二の一及び二記載のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人らの主張

1(一) 自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という)三条所定の「他人」とは、当該自動車の運行供用者及び運転者を除く、それ以外の者をいい、この運転者とは、法律上の地位であり、当該自動車の運転を支配できるか、支配すべき立場の者であって、事故当時、当該自動車のハンドルを握っていたかどうかによって判断すべきものではない。

(二) 本件事故当時、睦雄は、まだ就業中であり、本件自動車の積荷にロープを掛け終えて、目的地の東金属株式会社群馬工場に積荷を搬送すべく、本件自動車のエンジンを掛け、積荷の上に乗って搬送中落ちやすいガラスの破片等を取り除く作業をしていたものである。睦雄は、右作業を終わり次第、直ちに本件自動車の運転を開始する意思をもっていたのであり、睦雄において控訴人新宅が本件自動車を運転することを承諾したのは、睦雄自らが本件自動車を移動させるべき労を控訴人新宅に一時代替させたにすぎないものである。睦雄は、本件事故当時、本件自動車の運行を支配すべき地位にあったということができる。

(三) 本件事故当時、睦雄は、本件自動車の荷台の上にいたものであり、運転席の控訴人新宅にいつでも運転の交替を命じ、又は運転の停止等を具体的に指示することができる立場にあったものであり、本件自動車に対する支配を保持していたものである。

(四) 睦雄が控訴人新宅に承諾した本件自動車の運転は、株式会社萬和の狭い作業場内において、同控訴人が運転してきたプレスカーの進路を開けるという限られた運転目的の下に、それに必要な三メートル前後の短い距離を短時間だけ、睦雄に替わって本件自動車を運転するというものであった。睦雄が控訴人新宅に本件自動車の運転を一時的に委ねたからといって、睦雄が本件自動車に対する支配を失ったとはいえない。

(五) 以上のように、睦雄は、本件自動車の運転者である地位を有しており、その地位を離脱していなかったのであるから、睦雄は、本件事故につき「他人」であるとはいえず、控訴人大橋貨物運送有限会社(控訴人大橋貨物)は、自賠法三条所定の責任を負うべき根拠がなく、また、控訴人日動火災海上保険株式会社(控訴人日動火災)は、これを前提とする同法一六条の責任を負うべき根拠もない。

2(一) 睦雄は、控訴人新宅に本件自動車の運転を承諾した際、又は同控訴人が本件自動車を運転した際、不安定な積荷の上から降りて、危険の発生を未然に防止すべきであったにもかかわらず、本件自動車の荷台から約三・八ないし四メートルの高さの積荷の上に乗ったまま、本件自動車の移動をさせたものであり、本件事故の発生につき重大な過失があった。

(二) 本件自動車の積荷は、廃車車両をプレスしたものであり、プレス時に漏出した油等が付着し、積荷の上は滑りやすい状態であったし、積荷には固定用のロープが施してあった。睦雄は、本件事故以前にも、荷台の積荷の上に乗った状態で控訴人新宅に貨物自動車を移動させたことが三、四回あったものであり、積荷の上が滑りやすく、不安定であることを十分に認識していたはずであるから、本件事故の際にもしっかりとロープに掴まる等して、転落を未然に防止すべき注意義務があったにもかかわらず、それを怠った睦雄の過失は、重大であった。

(三) 以上のように、仮に控訴人新宅に過失責任があったとしても、睦雄の過失は、少なくとも七割を下回ることはない。

3(一) 控訴人大橋貨物は、被控訴人トメに対し、睦雄の葬儀費用として九九万四七七四円を支払った。

(二) 被控訴人トメは、睦雄の死亡により、労働者災害補償保険金八九六万一三一六円の支払を受けた。

二  被控訴人らの主張

1 自賠法二条四項の規定によれば、運転者とは、「他人のために自動車の運転、または、運転の補助に従事する者」と定義されており、本件の場合、本件自動車を運転していたのは、有資格者である控訴人新宅であり、睦雄は、積荷の上でロープ掛けの作業をしていたにすぎないし、控訴人新宅の運転に睦雄が同意していたかどうかは、証拠上明らかではない。睦雄は、本件自動車の運転席にも、助手席にもいなかったのであるから、運転者から離脱していたものである。

2 本件事故は、控訴人新宅の過失が一〇割認められるものであり、仮に睦雄に過失があったとしても、一割を超えるものではない。

3 控訴人らの主張3の(一)(二)は認める。

第三  証拠関係《略》

第四  当裁判所の判断

一  本件事故発生の経緯及び態様

《証拠略》によれば、本件事故の態様、本件事故前後の状況について、次の事実が認められる。

1 平成六年一月七日に発生した本件事故当時、睦雄は、控訴人大橋貨物にトラック運転手として勤務していたものであり、控訴人新宅は、東金属株式会社から、廃車された自動車を、プレス機械、クレーン設備を設置した大型特殊自動車(プレスカー)を使用して圧縮する作業を請け負っていた。

睦雄と控訴人新宅は、昭和六三年頃仕事を通じて知り合った友人であり、控訴人新宅がプレスした廃車を、睦雄が貨物自動車を使用して運搬する仕事を多数回行ったことがあった。

2 本件事故当日である平成六年一月七日には、控訴人新宅は、株式会社萬和の作業場(以下「本件作業場」という)において、廃車された自動車のプレスの作業に従事する予定で、早朝、プレスカーを運転して本件作業場付近まで来たところ、作業を行うには早すぎたため、駐車して待機していた。他方、睦雄は、控訴人新宅が本件作業場で平成五年末までにプレスした廃車を東金属群馬工場に運搬する予定で、控訴人大橋貨物所有の本件自動車を運転して控訴人新宅が駐車している所を通りかかり、暫く休憩し、控訴人新宅がプレスカーを、睦雄が本件自動車を運転して本件作業場に入り、本件作業場の出入口からみて、奥に控訴人新宅がプレスカーを駐車させ、手前に睦雄がプレスカーと並べて本件自動車を駐車させた。本件自動車は、一〇トントラックであった。本件自動車、プレスカーの前後は、本件作業場が狭かったため、数メートルの間隔が開いていたのみである。

3 睦雄は、本件作業場に置かれていた廃車のうち二二、三台を、プレスカーに設置されたクレーンを使用して本件自動車の荷台に六段にして積み上げ、控訴人新宅の協力を得て、積荷の廃車が落下等しないようにワイヤーロープを三箇所に掛けて固定させた。ワイヤーロープが掛けられたものの、積荷の高さは、荷台上約四メートルであり、積荷の上の安定は良くなかった。睦雄は、ワイヤーロープを掛けた後、積荷の上に上がり、廃車のガラスの破片等を取り除く作業をしていた。

4 控訴人新宅は、プレスカーの駐車が本件作業所内における萬和の作業の邪魔になるのに配慮して、プレスカーを他の場所に移動させようと考えたが、そのためには、プレスカーの進路を塞ぐように駐車していた本件自動車を移動させる必要があった。そこで、控訴人新宅は、本件自動車の積荷の上で右除去作業をしていた睦雄に対し、「車を動かすよ。」と声を掛けて、控訴人新宅が本件自動車を運転し、本件自動車を移動させることの了解を求めたところ、睦雄は、「いいよ。」と答えて、これを了解した。

控訴人新宅は、本件事故当日まで、睦雄の了解を得て、積荷の上に睦雄が乗っているときに本件自動車を運転したことが五、六度あったほか、睦雄から依頼されて本件自動車を運転したことがあり、本件自動車の運転の経験があった。

控訴人新宅は、睦雄の了解を得たので、本件自動車の運転席に乗り込み、運転席の窓を開け、本件自動車をゆっくりと約三メートル後退させたところ、後部が障害物に当たったため、ハンドルを右に切り、約三メートルゆっくり前進させて停止し、再度後退させようとして、バックミラーを見たところ、睦雄が荷台から地上に落下した。

睦雄は、間もなく救急車により病院に運ばれたが、本件事故により頭蓋骨骨折、脳挫傷、脳内出血の傷害を負い、平成六年一月一五日、右傷害により死亡した。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  被控訴人らの控訴人大橋貨物及び同日動火災に対する請求

1 自賠法三条所定の損害賠償責任(運行供用者責任)は、自己のために自動車を運行の用に供する者が、その運行によって他人の生命又は身体を害したときに負うものであって、この他人とは、その自動車の運行供用者及び運転者を除くと解するのが相当である。このように自動車の事故が発生した場合において、その自動車の運転者を運行供用者とともに損害賠償を受けることができる他人から除外するのは、その運転者がその自動車につきその運転を支配することができ、あるいは支配すべき立場にあるため、その自動車による事故を未然に防止することが可能であるからである。

2 そこで、睦雄の他人性、控訴人大橋貨物の運行供用者性について検討する。

(一) 原判決摘示の当事者間に争いのない事実(原判決「事実及び理由」第二の一の1及び2)、前記認定の事実によると、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(1) 睦雄は、控訴人大橋貨物所有の本件自動車を運転して、本件作業場で平成五年末までに控訴人新宅等がプレスした廃車を積載し、東金属群馬工場まで運搬する予定であったこと、控訴人新宅は、プレスカーの駐車が本件作業場内の作業の邪魔にならないようにする目的から、プレスカーを移動させるために、プレスカーの移動の進路の障害になっていた本件自動車をその進路を開けるために移動させようとして、本件自動車の担当運転手である睦雄の了解を得て、本件自動車の運転をしたものであること、控訴人新宅が本件自動車の運転を開始したときには、睦雄は、既に予定どおり廃車を本件自動車の荷台に積み込み、積荷の上でガラスの破片等の除去を行っており、その作業が終了すれば、右運搬先に本件自動車を運転する状況であったこと、控訴人新宅の本件自動車の運転は、右目的のために一時的に行われたものであることが認められる。

(2) そして、本件事故が発生した際、本件自動車のハンドルを握り運転していたのは、控訴人新宅であり、睦雄は、本件自動車の荷台に積み上げられた積荷の上で本件自動車による積荷の運搬の準備作業を行っていたものであるが、本件自動車の担当運転者は睦雄であり、本件作業場への往復も睦雄が本件自動車を一人で運転し、また運転の予定であったこと、睦雄と控訴人新宅は、廃車のプレスとその運搬という密接に関連した業務に従事していたこと、控訴人新宅が本件自動車を運転したのは、プレスカーの通路を開けるという極めて短時間で終了する極めて限定的な目的のためであり、そのことにつき睦雄の了解を得ていたこと、本件自動車を移動させた距離も後方へ約三メートル、前方へ約三メートルと極めて短い距離であったこと、睦雄は、控訴人新宅が本件自動車を運転した際、本件自動車の荷台に積み上げられた積荷の上で積荷の運搬の準備作業を行っていたものであるところ、本件自動車の運転席の窓が開いていて、睦雄が声を上げれば控訴人新宅に聞こえるような状況にあっただけでなく、睦雄と同控訴人とは右同様な業務を相当長期間協力して行っていたものであって、信頼関係があり、睦雄が同控訴人に対し本件自動車の運転につき容易に指示を行うことができる関係にあったこと、睦雄は、右準備作業を終えた後、間もなく本件自動車を運転する予定であったことが認められる。

(二) 右のような本件の事実関係の下においては、睦雄は、本件自動車の運転者として、本件自動車の運行を支配することができたというべきである。そうすると、睦雄は、本件事故の発生当時、本件自動車を直接運転操作をしてはいなかったものの、本件自動車の運転・運行を直接支配していたものとみることができるから、本件自動車の運転者に当たるものと認めるのが相当である。

3 被控訴人らは、本件自動車を運転していたのは有資格者である控訴人新宅であり、睦雄は、積荷の上でロープ掛けの作業をしていたにすぎないし、本件自動車の運転席にも、助手席にもいなかったのであるから、運転者から離脱していたものである旨を主張するが、睦雄が本件自動車の運転席又は助手席にいなかったとしても、右の本件事情の下においては、本件自動車の運行を支配することができたものであり、運転者に当たるとみることができるし、また、本件事故当時睦雄が積荷の上で作業をしていたとしても、前記認定の作業の内容、本件自動車の運転との関連性、時間的、距離的近接の度合いを考慮すると、このことから睦雄が本件自動車の運転者たる地位を離脱していたものと解することは困難である。

4 また、控訴人大橋貨物が本件自動車につき運行利益を有し、かつ、運行支配を有するとしても、右認定のように睦雄が本件自動車の運行につき直接の支配を有する運転者であると認められる以上、睦雄が自賠法三条所定の他人に当たらないと解することもやむを得ないところであり、右説示、判断を左右するものではない。

5 以上にみたとおり、睦雄は、本件事故の発生当時、本件自動車の運転者であると認められるから、自賠法三条所定の他人に当たらないと認めるのが相当である。そうすると、被控訴人らの控訴人大橋貨物に対する自賠法三条所定の損害賠償の請求及び同日動火災に対する自賠法一六条所定の損害賠償の請求は、その余の点につき判断するまでもなく、いずれも理由がないというほかはない。

三  被控訴人らの控訴人新宅に対する請求

1 まず、控訴人新宅の過失の有無について検討する。

右認定の本件事故の態様、状況からみると、本件事故は、控訴人新宅が本件自動車を運転して移動又は停止させたことが原因となって発生したものと認められるところ、右認定の事実によると、本件事故当時、睦雄は、本件自動車の荷台の上に六段に積み上げられた高さ約四メートルのプレスされた廃車の上でガラスの破片等の除去作業をしており、三箇所にロープが掛けられていたものの、本件自動車の荷台の上、さらに右廃車の上は、積荷の形状、積み方、高さ、固定の仕方等の状況からみて滑りやすく、睦雄が本件自動車の移動又は停止によって転落する危険性が高い状態にあったものであり、長年廃車のプレス、運搬関係の業務に従事し、本件自動車の運転の経験のある控訴人新宅にとっては、右危険性を容易に認識できたのであるから、右の本件の事情の下においては、同控訴人としては、睦雄を積荷上から降ろすとか、右ロープを常時掴ませ、本件自動車の移動又は停止の時期を睦雄に連絡しながら、右積荷の廃車の上から睦雄が転落しないようにすべき注意義務があったものというべきである。

しかし、右認定のように、控訴人新宅は、過去数度本件自動車を他に移動させるために、睦雄の了解を得て、本件自動車を運転した経験があり、本件事故当時も、睦雄から本件自動車の運転、移動につき了解を得たのみで、睦雄の転落の危険性につき他に特段の注意を払うことなく、漫然と、ゆっくりではあっても、本件自動車の後退、停止、前進、停止を繰り返したものであって、控訴人新宅のこのような本件自動車の運転には右注意義務に違反した過失を認めるのが相当である。

控訴人新宅は、睦雄が右ロープに掴まる等の転落防止の措置を講じることができたはずであり、その措置を講じなかった睦雄の過失によって本件事故が生じたものであり、控訴人新宅には過失がない旨を主張する。右認定の事実によると、控訴人新宅が本件自動車を運転するに当たっては、睦雄の了解を得ていたものであり、睦雄自身も、その経験から、本件自動車の積荷の状況、その積荷の上が滑りやすい状態を十分に認識していたことが認められ、睦雄の右行為、また仮にロープを掴んでいなかったとすれば、その行為が本件事故の一因となったことは否定できないところであるが、本件事故は、右に説示したように、控訴人新宅の右過失がなければ到底発生し得なかったものである。睦雄の右行為は、後に説示する過失相殺において考慮することが相当であって、控訴人新宅の右過失を否定する理由には当たらないから、同控訴人の右主張を採用することはできない。

2 次に、被控訴人らに生じた損害については、次のとおり認められる。

(一) 逸失利益

《証拠略》によると、睦雄は、本件事故当時年齢五二歳であり、その年収が三九四万五〇〇〇円であったこと、睦雄の扶養家族は被控訴人池上トメ一人であったことが認められるから、右年収から四割の生活費控除をし、六七歳までの就労可能年数が一五年であり、そのライプニッツ係数一〇・三八〇を乗じると、二四五六万九四六〇円となるところ、右額を睦雄の逸失利益と認めるのが相当である。

(二) 慰謝料

前記認定の本件事故の態様、睦雄の家族関係等の諸般の事情を考慮すると、睦雄の死亡による慰謝料が二六〇〇万円であると認めるのが相当である。

(三) 葬儀費用

前記認定の睦雄の死亡時の年齢、職業、家族関係等の事情を考慮すると、睦雄の死亡による葬儀費用が一二〇万円であると認めるのが相当である。

(四) 過失相殺

控訴人らは、睦雄が控訴人新宅に本件自動車の運転を承諾した際、又は同控訴人が本件自動車を運転した際、不安定な積荷の上から降りて、危険の発生を未然に防止すべきであったし、積荷の上は滑りやすい状態であり、不安定であることを十分に認識していたはずであるから、本件事故の際にもしっかりとロープに掴まる等して、転落を未然に防止すべき注意義務があったにもかかわらず、それを怠った睦雄の過失は重大であったから、睦雄の過失は少なくとも七割を下回ることはなく、これを被控訴人らの損害額算定に当たって斟酌すべきである旨を主張する。

しかし、前記認定のとおり、控訴人新宅は、本件自動車の運転を開始する前、睦雄にその旨を告げて了解を得ていたし、睦雄は、本件自動車につき長年の運転経験を有し、本件自動車の荷台の上にプレスされた廃車を固定するためにロープを掛けたとはいえ、不安定な積荷の上で作業中に本件自動車の運転を了解したものであり、その積荷の上が滑りやすく不安定であることを認識していたのであるから、確実にロープに掴まる等して自ら転落を防止すべきであったにもかかわらず、そのような措置をとらなかった睦雄の不注意が本件事故の一因となっていることは否定することができない。睦雄の右不注意と、前記認定の控訴人新宅の過失の内容、程度を比較すると、睦雄の過失と控訴人新宅の過失は、各五割と認めるのが相当である。控訴人らの右主張は、右認定、説示の限りで採用することができる。

(五) 労働者災害補償保険金等の控除

以上の説示によると、睦雄の死亡による損害額は、二五八八万四七三〇円であり、被控訴人らが各自二分の一ずつ相続したことは当事者間に争いがないから、被控訴人ら各自の損害額は、一二九四万二三六五円となる。

ところで、控訴人大橋貨物が被控訴人トメに対して睦雄の葬儀費用として九九万四七七四円を支払ったことは当事者間に争いがなく、右事実に、《証拠略》によると、右金額が睦雄の葬儀のために使用されたことが認められるところ、被控訴人トメに支払われた右葬儀費用は、その性質上、前記の葬儀費用の損害一二〇万円の過失相殺後の損害全体から控除するのが相当であるから、被控訴人らの葬儀費用の損害は、〇円となる。

また、被控訴人トメが睦雄の死亡により労働者災害補償保険金八九六万一三一六円の支払を受けたことは当事者間に争いがなく、右事実に、《証拠略》によれば、被控訴人トメは、右保険金を労災保険年金、福祉施設給付金として支払われていることが認められるところ、右受領分の保険金は、その性質上、被控訴人トメの被った逸失利益の損害から控除することが相当であるから、逸失利益の損害六一四万二三六五円から右受領分の保険金を控除すると、被控訴人トメの被った逸失利益の損害は、〇円となる。

以上のとおり計算すると、被控訴人トメの損害は、六五〇万円となり、同美智子の損害は、一二六四万二三六五円となる。

(六) 弁護士費用

被控訴人らが弁護士に依頼して本件訴訟を追行したことは記録上明らかであり、前記認定の本件事故の態様、損害額等の諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用相当の損害は、被控訴人トメにつき七〇万円、同美智子につき一三〇万円と認めるのが相当である。

(七) 被控訴人らの損害

以上によれば、本件事故により被控訴人トメが被った損害は、七二〇万円となり、同美智子が被った損害は、一三九四万二三六五円となる。

3 そうすると、控訴人新宅は、被控訴人トメに対して七二〇万円、同美智子に対して一三九四万二三六五円及びこれらに対する本件事故の後である平成六年一月一五日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負うものである。

第五  結論

よって、被控訴人らの控訴人大橋貨物、同日動火災に対する請求は棄却すべきものであって、同控訴人らの控訴は理由があるから、右控訴に基づき、原判決主文第一ないし第四項中、同控訴人らの各敗訴部分を取り消し、右取消しに係る被控訴人らの同控訴人らに対する請求をいずれも棄却し、被控訴人トメの控訴人新宅に対する請求は、七二〇万円及びこれに対する平成六年一月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める範囲で認容すべきものであり、その余の請求を棄却すべきものであるところ、同控訴人の控訴に基づき、原判決主文第一項中、被控訴人トメの同控訴人に対する請求のうち、七二〇万円を超え七八九万二二四九円に至るまでの金員及びこれに対する平成六年一月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を命じた部分を取り消し、右取消しに係る被控訴人トメの同控訴人に対する請求を棄却することとし、被控訴人美智子の同控訴人に対する請求は、一三九四万二三六五円及びこれらに対する平成六年一月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める範囲で認容すべきものであり、その余の請求を棄却すべきものであって、同控訴人の控訴に基づき、原判決主文第二項中、被控訴人美智子の控訴人新宅明に対する請求のうち、一三九四万二三六五円を超え一四二四万二三六五円に至るまでの金員及びこれに対する平成六年一月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を命じた部分を取り消し、右取消しに係る被控訴人美智子の同控訴人に対する請求を棄却することとし、被控訴人らの本件附帯控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宍戸達徳 裁判官 伊藤瑩子 裁判官 升田 純)

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